ハイゼ家 百年
原題: Heimat Ist Ein Raum Aus Zeit
監督
出演
あらすじ
この没入型の映画エッセイでは、名だたるドキュメンタリー監督トーマス・ハイゼが自らの家族資料を4世代にわたり辿り、ドイツの去る一世紀における深遠な文化的・政治的変動を描き出す。…
ネタバレ・あらすじ
そして戦争の始まった1914年の作文では、平和時にすれば罰せられる殺人が称賛されてしまう戦争の悲惨さを訴え、ヴィルヘルム少年はドイツ人の盲目的な愛国心に警鐘を鳴らした。
1922年、既に博士号をもつヴィルヘルムはチロル地方への旅行で、ウィーンに住むヒルシュホルン家のきょうだいと知り合う。
きょうだいの一人で彫刻の勉強をしているエディトがベルリンにいると知り、ベルリンに帰ってから手紙を書く。
強制移送されたオーストリア系ユダヤ人のリストの映像と共に読み上げられる、ウィーンの親族からエディトに宛てて書かれた手紙は、彼らの細やかな愛情と共に、次々と権利を奪われて不自由になっていくウィーンのユダヤ人の生活を示している。
ぺピおばさんが家を失い住所を転々としながら、エディトの親族の中では最も後までウィーンに留まったが、やはり最後はポーランドに移送される。
監督の母ロージーは1944年の年末、友達とスキーに行ってウドという男の子と知り合うが、その時、空襲に遭遇するが危うく命拾いする。
しかし、東ドイツに住む共産主義者で女性解放論者のロージーと、西ドイツで法律を学び政治体制には懐疑的で自分を保守的だと言うウドとは、うまく行かなくなっていく。
やがてヴォルフガングと出会い、終電車がなくなって朝まで彼の家で過ごし、母エディトの人柄にも感銘を受ける。
ヴォルフガングはフンボルト大学の副学長就任が予定されていたが、詩人・歌手のヴォルフ・ビーアマンを擁護したために副学長に不適格とみなされ、大学の頭越しに副学長就任を取り消される。
そんな状況の中、アンドレアスとトーマスは男女の仲間と、閉館した映画館にもぐりこんで遊ぶような「不良少年」に育っていた。
映画では、トーマスが録音した、父と友人の劇作家ハイナー・ミュラーのベルトルト・ブレヒトについての対話が紹介される。
トーマスは自分が同性愛者であることを自覚し、1988年、母ロージーに恋人のマンフレートを紹介するのだった。
そしてハイナー・ミュラーはトーマスの、スキンヘッドの若者についてのドキュメンタリー映画を紹介しつつ、再統一後、早くも芽生えた排外主義や資本主義の暴虐に警鐘を鳴らした。
1912年、監督の祖父ヴィルヘルムは14歳。
宿題の作文で反戦を訴えた。
二人は恋に落ち、エディトがウィーンに帰ってからも文通が続く。
ヴィルヘルムはウィーンでエディトの両親に紹介され、やがて二人は結婚し息子ヴォルフガングとハンスが誕生する。
結婚にあたってエディトが気にしていたのは、彼女が貧しいユダヤ人であること。
この混血婚はやがてナチ政権成立後にヴィルヘルムが高校教員の職を失うという帰結をもたらす。
ヴィルヘルムは大臣に手紙を書いて抗議するが無駄だった。
1942年、とうとうエディトの両親やきょうだいのエルザはポーランドへ移送される。
一方、青年となったヴォルフガングとハンスは労働収容所に入れられて敗戦を待つことになる。
後にロージーはドレスデンの大空襲でも死の街を生き延びる。
そして再会したウドと遠距離会恋愛を続ける。
そしてロージーはユーゴスラビア人のピョートルとも付き合っていた。
それでもウドは1953年までロージーに結婚を求めて手紙を書き続けたが、実を結ぶことはなかった。
ロージーはエルンストと同棲するが、彼にも不満をもつ。
その後ロージーはエルンストと別れてヴォルフガングと結婚し、息子のアンドレアスとトーマスをもうける。
哲学者のヴォルフガングと文学研究者のロージーは内外の知識人と交流をもっていた。
作家のクリスタ・ヴォルフは1960年代に同じ療養所にいたヴォルフガングと交流をもったことを思い出す。
当時、東ドイツの知識人たちは政府の圧力で心身の健康を害することが多く、療養所は避難所でもあった。
ヴォルフガングはやがて大学そのものを去ることになり、精神を病み、家族と離れて暮らすようになる。
ハイゼ家はシュタージ(秘密警察)の監視対象となり、近所の多くの人が密告者となっていた。
成年に達したアンドレアスとトーマスは兵役を努める。
兵役を終えた後、トーマスはカメラで東ドイツの若者を記録するドキュメンタリー映画作家となる。
しかし、父ヴォルフガングはトーマスとアンドレアスにとって近づきがたい人物であり続けた。
またヴォルガングにはライプツィヒに愛人がいて、彼女との間に子供もあった。
末:第5章 全てが終わった場所から 1990年にドイツの再統一が成る。
そのころ、一時期シュタージに協力していたことを告白したせいで、クリスタ・ヴォルフは窮地に立つ。
ロージーはアメリカにいた旧友ヴォルフに励ましの手紙を書く。
その中では、ロージー自身もシュタージの協力者にされかかったことを告白する。
ヴォルフガングの意見もあって断ったのだった。
そして、ロージーは手紙の中で、ナチも共産主義も同じよう思考する風潮を批判する。
ロージーにとって共産主義という理想は間違っていなかった。
たとえ東ドイツ国家に裏切られても。
2014年、トーマスはロージーが介護施設にいることを記録する。
彼女は間近に迫った死を受け入れようとしていた。